出向協定による出向先の出張旅費減額調整の可否(日本原子力研究開発機構事件)
出向協定は、あくまで出向元と出向先の間の契約であり、出向労働者の明示の同意がないことが多いと思われますが、このような出向協定を根拠に、出向先が出張旅費を減額調整できるかが争われたのが、日本原子力研究開発機構事件・神戸地判平成23年6月21日労働経済判例速報2118号3頁です。
この裁判例は、出向協定が締結されている以上当然これに従うことになり、また、出向元も出向に際して給与及び出張旅費の取扱いについて説明しているとして、労働者側の差額請求を棄却しました。
しかし、①出向による労働条件の一方的な不利益変更は認められないこと、②不利益変更について労働者の個別合意があったかも判決上明らかでないこと、③仮に意思の合致という意味での個別合意があったとしても、労働者の自由意思に基づく明確な合意があったいうのは困難なことから、この合意が有効とするのは困難なことから、上記裁判例の結論には疑問があります。
なお、この裁判例に対する批判を含め、出向については、菅野和夫先生古稀記念論集の土田道夫著「『出向労働関係』法理の確立に向けて」が参考になります。
中途即戦力採用社員を解雇せず降職することの労務管理上の是非
コンチネンタル・オートモーティブ(解雇・仮処分)事件東京高裁平成28年7月7日決定労働判例1151号60頁では、中途採用された元マネージャーの能力不足解雇を有効としています。この結論自体は妥当と思われる事案ですが、解雇に先立ち会社側は異動を実施し、別のマネージャーのもと1担当者として業務に従事させています。この事案ではマネージャーというように明確にポストを限定して採用したか判然としないので、会社側の対応がやむを得なかったとも言えます。しかし、中途で、即戦力高待遇で採用した場合は、どのようなポストや能力を前提として採用したか雇用契約書等で明確にすべきです。そして、運用としてもそのとおり行い、契約書が定める基準に達しないことが証拠上明らかな場合は、降職せずに、退職勧奨をし、退職勧奨に応じない場合は普通解雇すべきです。いったん降職してしまうと、会社として、基準を降職後の業務レベルまで落としたことになってしまいます。この裁判例では1担当者としても務まらなかったようですので解雇有効となりましたが、降職後の業務をこなせるとなりますと、会社としても当初の採用意図に反し不満が残るまま雇いつづけざるを得ない結果になりかねません。
再就職支援サービスは刺身のツマ?!
再就職支援サービスがらみの労働者側の案件を担務しています。再就職支援サービスについては、以前から業務がらみで登場することがあり、今回は少し詰めて調べていますが、敏腕の転職エージェントとは異なり、せいぜい刺身のツマ程度のレベルと感じます。
おいしい刺身(割増退職金)があって、ツマ(再就職支援サービス)も付けるのでしたら、ないよりはマシなケース(転職経験なしかつ情弱な労働者の場合)もあるでしょうが、ツマだけ出されても、正直何だこりゃと思ってしまいます。そうです。実質的にツマだけ出された案件を現在担務しています。
(立法論)適正な労務管理に向け努力する使用者には恩典を、でたらめな労務管理には懲罰を
実務では、適正な労務管理に向け努力して、丁寧に手続を進めようとしても、どうしても現行の裁判例動向からすると、勝算が、使用者4:労働者6を上回るのが困難な案件に当たることがあります。私見では、このような案件では、使用者側勝訴の結論になってよいと思っています。
他方、労務管理がでたらめとしか評しようがなく、勝算としても、せいぜい、使用者1:労働者9としか言えない案件に出くわすことがあります。私見では、このような案件では、懲罰的損害賠償を認めて、使用者が懲らしめられてもよいのではと思います。もちろん、現行法制度では、懲罰的損賠賠償の導入は困難ですが。
以上のとおりすることにより、使用者側に、適正な労務管理に向けて努力する強いインセンティブが働きます。また、そのような適正な労務管理に向け指導する、使用者側弁護士の報酬水準も従前より高くなり、真の労務リスクに見合った、適正な報酬水準に近づくことでしょう。
狡兎がんばれ!労働者弁護へのエール
3月になって、労働者側の新件を受任し、バタバタしております。
今日は、狡兎がんばれ!ということで、労働者弁護へのエールを送りたいと思います。
労働法実務市場は、潜在的な労務リスクの大きさに比べて、とても小さなものにとどまっていると感じます。
その原因としては様々なことが考えられますが、労働者弁護の課題としては、結果として、潜在的な労務リスクを十分に顕在化できていない例が多いと思います。
そのため、使用者側の労務リスクに対する認識が不十分なものになりがちで、その結果、使用者側代理人の弁護士報酬も、潜在的な労務リスクの大きさに比べて、低額にとどまっていると感じます。
これからの労働者弁護は、労働法実務の知識・経験を駆使して、潜在的な労務リスクをきっちり顕在化することが重要です(これを実践すると、東京地裁労働専門部の裁判官に、「論点多いですね。」と言われます。)。
もちろん、労働弁護団の活躍により多くの裁判例が形成され(宮里邦雄先生や棗一郎先生は人格者でとても尊敬出来ます。)、また、新興系の法律事務所により労働者弁護案件の掘り起こしがなされているのも事実です。
しかし、潜在的な労務リスクをきっちり顕在化できているかという点は、改めて考えてみる必要があるのではと思います。
私が労働者弁護をするときは、たとえ手間はかかっても、潜在的な労務リスクをきっちり顕在化していきたいと思います(もちろん事案によっては、スピード解決を重視する場合もありますが。)。
「狡兎死して走狗煮らる」といいます。「走狗」が正当な弁護士報酬を得られるためにも、「狡兎」にはがんばって欲しいですし、自分が狡兎の時は、使用者に煙たがられる存在でありたいです。